ひきこもりろん

広告ライターからエンジニアに転職し、現在はYouTuberデビューを目論んでいる「ひきこもり志願者」が日々の妄想を書き散らかすブログ。

【21日目】折り紙と無表情の日

私は今、ちょっとした心配事を抱えている。事の発端は昨日の朝、出社して自分の席に着いた時のことである。2年近く隣に座っている上司の机に、何故か色鮮やかな「折り紙」が置かれていた。

机の上に巨大な葉っぱを生やしている私が言うのもなんだが、オフィス内に折り紙が置かれているのはなかなか珍妙な光景である。ましてや上司は綺麗好きで、机の上に余計なものを置くことをひどく嫌っていた。何か深い理由があるに違いない。
では、その理由とは何だろうか。私は30gにも満たない粗末な脳味噌で考えてみたが、およそ思い当たることが無かった。このまま脳味噌を酷使すれば仕事にも支障が出かねないので、率直に上司に尋ねてみることにした。

「その折り紙、どうしたんですか?」

「んー、折ろうと思って」

……うむ。確かに折り紙はその名の通り、折られて然るべき存在である。しかしそうではない。そうではないのだ上司様よ。私が知りたいのは用途ではなく、何故おもむろに折り紙を持ってきたのかという理由なのだ。

しかしそんな心の声が届くことはなく、上司は普段と変わらぬ様子で仕事に取り掛かった。これが午前中の出来事である。

そして時は流れて同日の夕方、私が真面目に仕事に取り組んでいると、上司は小さな声で「そろそろ折るか」と呟いた。あまりに突然だったので聞き落としそうになったが、折り紙の袋を破く音で今朝のやりとりを思い出した。ついに折り紙の謎が解かれる瞬間が来たのである。

よもやここまで来て理由を隠すことはあるまいと、私は改めて上司に尋ねてみた。何故、折り紙を持ってきたのか……と。彼はいつも通りの優しげな笑顔を浮かべてはいたが、やや伏し目がちな表情になって答えた。

「なんだか最近、色々疲れちゃって」

その言葉に、私はふと思い返した。ここ2年近く、上司は阿呆な私の不始末のせいで幾度となく尻拭いをさせられてきた。しかし彼が辛辣な言葉を発したことは一度たりとも無い。時には理不尽な叱責を受けたこともあったはずだが、どんな時でも私を励まし、守ってくれていたのである。

果たして折り紙を折ることがどれほどのストレス解消に繋がるかは疑問だが、その行為を咎める気持ちにはなれなかった。昼休みの余った時間に折り紙を折る。そんな日があっても良いではないか。童心に返ることはきっと、明日への活力にも繋がるはずだ。

上司はYouTubeで折り紙講座を開くと、忙しそうに手を動かし始めた。どうやらペンギンを作ることに決めたらしい。邪魔をしてはいけないので、私も静かに自分の仕事に戻ることにした。

それから5分ほど経っただろうか。上司は相変わらず折り紙に夢中な様子で、一心不乱に作業している姿が伺える。きっと、いつも以上に穏やかで楽しげな笑顔を浮かべているに違いない。

進捗の確認も兼ねて右隣の席を覗くと、上司の顔は真剣そのものだった。人間の表情で最も恐ろしいのは真顔だと聞いたことがあるが、正しくその通りである。上司の顔からはあらゆる感情が失われ、その双眸はYouTubeと手元の折り紙だけを見据えていた。

目的を果たすためなら、どんな犠牲をも厭わない。そんな覚悟すら感じさせるような顔つきで折り紙に取り組む姿に、私は少しだけときめきを感じた。肝心の折り紙の方はあまり進んでいなかったが、どうやらペンギンを作るためには一度折り目をつけた後でまっさらな状態に戻すという、非常に面倒な工程があるらしい。ただ折り目をつけるだけの作業にこれほどの真顔で挑めるとは、流石の一言である。

程なくしてペンギンは完成し、上司はいつもの笑顔を取り戻したが、私は先ほどの表情が忘れられず恐怖していた。普段穏やかな人間ほど、いきなり真顔になると怖いものである。しかし無事にペンギンも完成したので、しばらく例の表情を見ることもないだろう。私は密かに安堵した。

その翌日。つまり今日のことだが、上司は再びペンギンを折り始めていた。僅か一日という短い期間で、また新たなストレスが生じてしまったのだろうか。私は(なるべく顔を見ずに)上司に尋ねてみたが、どうやらペンギンの作り方を完全に修得したいらしい。彼は一体何を目指しているのだろうか。ある日突然「俺は折り紙の道を極める」と言って仕事を辞めたりしないか心配である。

 

※追記1

ペンギンの出来映えは見事なものだったが、華やかな和紙の折り紙だったので、一見しただけでペンギンと分かる方は少ないと思う。

 

※追記2

急に折り紙を始めたくなる心理について調べてみたが、教育社会心理学などの小難しい論文しか見つからず、あえなく断念した。恐らく心の健康維持に役立つ……はず。